
書籍紹介「いつも「時間がない」あなたに 欠乏の行動経済学」です。今回は行動アシストラボ代表理事兼研究員の矢野が担当します。
2016年イチオシに選んだこの本。秀逸なのが「欠乏」という概念です。貧困や忙しすぎる状態から抜け出すことができないのは、決して本人の努力や能力が足りていないからではないのです。
”欠乏”を知れば私たちの反応は変わる
本書は行動経済学の本ですが、まずは行動分析学の話から入りましょう。行動分析学には「個人攻撃の罠」という概念があり、これが欠乏とよく似ています。
私達は普段、自分の行動を自己決定しているかのように勘違いしてしまいますが、実際は環境からの影響を強く受けています。つまり、私達は私達の意思ではどうにもならないところで、行動が決定されているわけです。
にも関わらず、ある人が適切に行動できないでいる時、その原因をやる気や性格、意識の低さといったものに求め、行動の改善を本人の自助努力に委ねてしまうのは多々あることでしょう。
これを個人攻撃の罠といい、行動の問題が解決することなくただ当人と周囲が苦しみ続けるのみ、という悲しい結果を招いてしまいます。
このことが分かっていると「欠乏」についても理解しやすくなります。
欠乏とは、特定のリソースが著しく低下している状態です。
例えばお金が殆ど無いにも関わらず、支払い期限が間近に迫った請求をいくつも抱えているような状態。あるいは、締め切り間際の仕事があって、何とか間に合わせようと必死に作業をしている状態。
欠乏に陥り、そこから抜け出せない人たちに対し、だらしがないだとか努力が足りないといった評価をしても、問題は解決しません。それは個人攻撃の罠に嵌っているのです。
欠乏という環境が私達の行動に与える影響を知れば、本人の自助努力ではどうしようもないことが分かります。
欠乏は私達の処理能力に負荷をかける
人は欠乏に陥ると、更なる欠乏を招くような選択をしがちです。
お金がない月末、幾つかの請求を抱えているとしましょう。支払いのプレッシャーに負けたAさんは、カードローンを使ってお金を確保しようとするかもしれません。
それによって一時的には支払いのプレッシャーから逃れられますが、その先にあるのはさらなる欠乏であることは言うまでもありません。結果、Aさんは自分で自分の首を締め続けてしまうのです。
なんて馬鹿な選択をするのだろう、と評価するのは簡単ですが、事はそう簡単ではありません。私達の行動は環境に従います。欠乏という環境に置かれた時、欠乏から最も早く抜け出せる、最も簡単な方法が選択されてしまうのです。
第三者からみればそれは大抵「馬鹿な選択」なのですが、欠乏という極限状態に置かれた私達には賢い選択をするための余地が無いのです。
ちょっと想像してみて貰いたいのですが、何日も食べ物を与えられておらず飢餓状態にある時、直ちに死んだりはしないが健康を害する食べ物を目の前に置かれた時、それを食べずにいられる人はあまりいないでしょう。
先々の健康よりも、いまこの瞬間の飢餓から抜け出すことの方が、その時の私達には重要なのです。欠乏とはこういうものです。
スラック(ゆとり)の大切さが分かる
欠乏の概念、そして行動分析学を知っていれば、一旦欠乏に陥るとそこから抜け出すことが難しいのは理解できるかと思います。行動は環境に従うため、欠乏をなるべく早急に解決しようとするが、その選択自体が更なる欠乏を招いてしまうわけですので。
それを前提とすれば、欠乏に陥らないように予め「スラック(ゆとり)」を持っておくことの大切さがよく分かります。私達が賢い選択をするための余地を持つには、ある程度の無駄ともいえる「アソビ」が必要なのです。
もし何かの計画(新しいことに取り組もうとしている、仕事を引き受けようとしている、お金を使おうとしている等)があるなら、予め”意図的に”アソビを作っておいた方がいいでしょう。
なにせ一旦欠乏に陥ってしまえば、自助努力で抜け出すのは難しいわけですから。
私達はみんな、賢く選択し続けたいと願っていることでしょう。そのために賢い選択を可能とする環境が必要であり、つまるところそれは「スラック(ゆとり)」というものを上手く使いこなす技術が必要だということなのです。
最後に
私は本書から非常に大きな示唆を得ました。なぜこんなにも時間が足りないのか、あるいはあの時、お金について賢い選択ができなかったのは何故なのか。それらにスッキリと説明がつくのです。
本書の恩恵はそれにとどまりません。要はスラック(ゆとり)を意図的に作り出すことが重要なのです。スラックとは単なる余裕とは違います。余裕は欠乏の温床になりかねません。この辺りの詳しい説明は本書を読んでいただければ。
ただその観点があったおかげで「時間割ゲーム」という行動と時間とをマネジメントするためのツールを開発できました。30年来の先延ばし癖を解消できたこのツールは、私自身にとっても欠かすことのできないものになっています。
本書は私に本当に大きなものを与えてくれたのです。